ブログ・お知らせ

たなか眼科 トップページ  > お知らせ・ブログ

NATIONAL GEOGRAPHIC(から転載) 2023.07.31 Botox注射でうつ病や不安症を治療できるか?有望な結果続々美容以外にも使われる毒素を利用した薬、異論も


Botox注射でうつ病や不安症を治療できるか?有望な結果続々

美容以外にも使われる毒素を利用した薬、異論も

2023.07.31.   『NATIONAL GEOGRAPHICから転載』

     顔にボトックス注射を受けた人は、しわが薄くなり、元気で、穏やかで、若々しく見えるようになっただけでなく、以前より精神的に安定していることに気づくかもしれない。

     それは、鏡に映る顔への満足感だけによるものではない可能性がある。

     近年、うつ病や不安症に対するボトックス注射の効果が研究され、症状の大幅な改善につながる場合があることが明らかになってきている。

 Botulinum toxin (BTX) or BotoxABCDEFG)は、植物や土壌や水の中に自然に存在しているボツリヌス菌がつくる毒素だ。その製剤であるボトックスは、筋肉を一時的にまひさせることで表情じわを減らしたり取り除いたりできるだけでなく、慢性片頭痛(編注:日本では保険適応外)、多汗症、痙性斜頸(けいせいしゃけい、首の筋肉が意思とは無関係に収縮して不自然な姿勢になる疾患)、過活動膀胱などの治療にも用いられている。

 医師や科学者たちは今、ボツリヌストキシンが気分障害に及ぼす効果を探っている。現時点では、うつ病や不安症の治療のためにボトックス注射を用いることは承認されておらず、承認を受けるにはさらなる臨床試験が必要になるものの、予備的な研究からは有望そうな結果が出ている。

「うつ病は重大な疾患で、うつ病患者の3分の1は抗うつ薬に反応しません」と米テキサス大学オースティン校デル医学部の精神医学准教授ミシェル・マギッド氏は言う。「そうした患者さんを治療するためには、既成概念にとらわれない発想が必要になります」

 20236月に学術誌「Toxins」に掲載された論文は、うつ病患者の眉間の筋肉にボトックス注射をしたところ、53%で症状が大幅に改善したと報告している。

 また、2021年に学術誌「Brain and Behavior」に掲載された論文によると、眉間の筋肉にボトックス注射を受けたうつ病患者は、12週間後には、セルトラリンという抗うつ薬を服用している患者と同程度の症状の軽減を示したが、ボトックス注射の方が気分が早く改善され、副作用が少なかったという。

 マギッド氏は、この結果について、「美容施術を受けて見た目が良くなったことで、気分も良くなったのだろうと考えることはできます」と言う。「けれども、それ以上のことが起こっています」

表情と感情の結びつき

 ボトックス注射がうつ病患者に及ぼす効果については、いくつかの説がある。ひとつは、感情と表情との関係は双方向的であるという「表情フィードバック仮説」の考え方にもとづくものだ。

「あなたが悲しいときには、その気持ちは表情に反映されます。同様に、あなたが悲しそうな表情や苦しそうな表情をすれば、その表情が脳に反映して、悲しみや苦しみの感情が生じるのです」と、米ジョージタウン大学の精神医学臨床教授で、うつ病や社会不安症へのボトックス注射の効果を研究しているノーマン・ローゼンタール氏は説明する。

 つまり、筋肉が怒りや悲しみの表情をつくれなくなると、脳はあなたがそうした感情を抱いているという信号を受け取らなくなる。うつ病や不安症の傾向がある人では、「筋肉と心理状態との結びつきをボトックス注射で断ち切ることで、治療効果が得られるかもしれません」と、米カリフォルニア大学サンディエゴ校スキャッグス薬学部の教授で物理・計算化学者であるルーベン・アバギャン氏は言う。

マギッド氏らは、合計134人が参加した3つのランダム化比較対照試験についてのレビュー論文で、眉間への1回のボトックス注射でうつ病の症状が軽減することを明らかにした。ボトックス注射を受けた被験者の54%で気分の改善、睡眠の改善、活力と希望の高まりが見られ、31%でうつ病が寛解(症状が一時的に消えたり軽くなったりした状態)したという。

 ボトックス注射は患者の脳にどのように作用しているのだろうか? 20235月に「Toxins」に発表されたレビュー論文によると、MRIスキャンを使った研究は、額へのボトックス注射が扁桃体の活動を低下させることを示している。扁桃体は、恐怖、抑うつ、怒りなどの負の感情を経験したときに活性化する脳部位だ。

 マギッド氏は、激越性うつ病(悲しみや気分の落ち込みだけでなく、イライラ、不安、焦燥感を特徴とするうつ病)の患者が薬物療法よりもボトックス療法によく反応する理由は、これにより説明できるかもしれないと見ている。「激越性うつ病は、とても治療がしにくいうつ病です」

 なお、ボトックス注射により気分が改善するのは、額や顔に注射した場合だけではない。アバギャン氏らが、美容目的と、片頭痛、痙縮(けいしゅく、筋肉のつっぱり)、頸部痛、多汗症の治療のためのボトックス注射の市販後安全性監視データを分析したところ、注射を受けた人々は対照群に比べて不安症やうつ病の発生率が低いことが明らかになった。

「ボトックスを注射した部位は無関係でした。どこに注射しても効果は同じだったのです」とアバギャン氏は言う。「これは予想外でした」

長所と短所

 ボトックス注射の気分障害への効果に懐疑的な研究者もいる。米スタンフォード大学の社会心理学者であるニコラス・コールズ氏は、このテーマについて発表されている論文のいくつかを分析し、正しい比較対照試験になっていないと指摘している。例えば、ボトックスではなくプラセボ(偽薬)の生理食塩水を注射された患者は、外見や顔の筋肉の収縮能力に目立った変化が生じないため、自分がボトックスを注射されていないことがわかってしまうからだ。

 コールズ氏と共同研究を行っている米テネシー大学の心理学教授のジェフ・ラーセン氏は、「悲しみなどの負の感情はうつ病の根本的な原因ではなく、うつ病の症状であることを忘れてはいけません」と付け加える。「ボトックス注射が短期的に悲しみなどの感情を軽減するとしても、そもそもそのような感情を生み出す『破滅的思考』や『全か無か思考』などの認知の歪みを改善できるかどうかは不明です」

 ボトックス療法の支持者たちは、それでもボトックス注射はほかの治療法より優れていると主張する。彼らはその理由として、ボトックス注射の副作用は注射部位の一時的な炎症程度で抗うつ剤よりも少ないことや、抗うつ薬や抗不安薬などの薬との相互作用がないことを挙げている。

 残念ながら、ボトックス注射の美容効果と同様、気分改善の効果も永久的ではない。個人差はあるものの、ボトックス注射の効果は通常34カ月しか持続せず、その費用は安くない。それでも、費用だけの効果はあると信じる人もいる。

 マギッド氏が知っている季節性感情障害(SAD)の患者は、抗うつ剤は効かなかったが40歳の誕生日に美容のために額にボトックス注射を受けたところ症状が改善し、それ以来、年に2回ボトックス注射を受けることで「6年間うつ病とは無縁」になったという。

 ボトックス注射には、心理的な高揚感が持続するという効果もあるかもしれない。ローゼンタール氏は、「気分が良い状態は良い変化をもたらすからです」と言う。「気分が良くなると、自分を大切にしたくなります。瞑想や運動でもしてみようか、人と交流してみようかと思うようになるのです」。こうした変化の積み重ねが、明るい精神状態を持続させる可能性がある。

文=STACEY COLINO/訳=三枝小夜子

 | 2023年8月11日 | お知らせ |